分科会「水循環を活かす農業を――棚田・ため池に学ぶ」まとめ
コーディネーター:大崎正治
A.パネラーの紹介
ジェフリー・ポーセンさんは、フィリピン・マリコン村の棚田耕作者であるが、注目すべきは、フィリピンの少数民族ボントク族に属し、古い文化と共同体慣習を活かそうとする若いリーダーの一人であることである。
青木幸七さんは、旧山古志村の棚田復興者であるとともに、山古志村の村議を長く務めた人である。のちに衆議院議員に当選した長島旧村長とともに、大震災で迫られた村民の一時的移住と旧村再建策の画定に献身的に働いた。
長町博さんは、いま香川用水土地改良区相談役であるが、長年の間この水利組織の事務局長を務めた上に、ため池にかかわる水利協同慣習の研究論文で博士号を得た学識経験者でもある。
舘野廣幸さんは、出色の有機稲作農民である。彼の有機農業の米つくり技術はすでに定評を得ており、「日本農業新聞」で長期にわたって有機的稲作技術の紹介を毎週のように続けていることは偉業と言ってよい。
B.各レクチャーの紹介
本分科会の一つの特徴は、各パネラーに午前と午後の2回に分けてレクチャーをお願いしたことにある。これは、普通のフォーラムやシンポジウムに比べて珍しく長い時間のなかで、当日の参加者を飽きさせない企画にしたいとする準備委員会の工夫といえる。
①「フィリピン先住民の棚田の水利と石垣づくり」を受け持ったJ・ポーセンさんは午前には彼の村における稲作労働の年間サイクルを見せる20分のビデオを提供した。これを見た会場の参加者は、その村の棚田の美しさ、それに調和した村民のいとなみに大きな感動を受けた。
午後には、ポーセンさんは、a.棚田における水利慣行、b.棚田づくりの興味ある土木技術に重点を置いてレクチャーを行った。aでは、上の田から下の田へと水を流す「掛け流し」方式の棚田にふさわしい水利方式を、bでは、棚田の傾斜と水流を利用した伝統的土砂運搬技術のすばらしさを紹介した。
②「なぜ棚田の復興に立ち上がったか」
青木幸七さんは、午前の部では、巨大地震の結果、崩壊を免れた棚田でも地下水が涸れるようになったので、その対策としてため池の重要性がいっそう高まることを強調した。
午後には、青木さんは、少なくともあと1年半余儀なくされる避難生活のなかで、日帰りで旧村に出かけて一部農作業をはじめたり、避難先にも土地を借りて共同野菜園で出来た作物を自給・交換したり、直売所に出荷したりして、村民が元気で暮らしていることを報告した。
結論部で、村人が山古志での棚田復興を望んでいる理由を青木さんは以下のように挙げた。「先祖が作り上げた棚田は自分も生きてきた証(あかし)である」、「いかに手間がかかり生産性が悪くとも、そこでやる農作業の楽しさと苦しみ、そのすべてが生き甲斐である」、「山の生活は楽しい、とくに雪解け後山菜とりに山歩きして、冬ごもりで増えた体重を減らして野良作業に備える充実感はひとしおである」。そして青木さんは「日本の中で1ヶ所貧乏でも元気な村があってもいいじゃあないですか」と語った。
③「ため池文化を守ろう」
長町博さんは、午前にはため池にかかわる年中行事(池干しに行う魚の収穫、ため池沿岸の花見など)が今も盛大に行われていることを紹介した。午後には、彼はため池の伝統的水利慣行が近代的水利システムと融合した「節水と融通」のすばらしさに焦点をあてた。1994年の四国の大渇水期において、水を薄く広く配する特別慣行が復活して節水に成功し、水不足に陥った都市用上水道を救った香川県土地改良区の経験を多数のスライドを映しながら語った。徹底した話し合いを元に水路管理人の強い権限を認める「ため池ネットワーク」の強力な共同体がいまも存在していることが確認できた。
④「水を活かし環境を守る日本農業の可能性」
舘野広幸さんは午前には、近代農業が用水路のコンクリート化と排水路と用水路の二分によって水循環を放棄し、他方では機械化・化学肥料の多用によって水空間の存在を拒否するあぶなさを強調した。午後の部では、舘野さんは本来の水田を取り戻すため、水苗代の復活や深水栽培・アイガモ稲作・米ぬか除草などの有機農業を自ら実践していることを図解を交えて語った。これによって、雑草の繁殖を防ぎつつ養分を供給でき、多様な微生物、小生物、冬の野鳥を呼び寄せる巧妙さに、聴衆は目を開かれた。
C.討論
午前・午後のいずれにも質疑討論が行われたが、ここでは一括して紹介したい。
① 海外、しかも先住民から来たジェフリーさんに雨乞いの儀礼、共同体土地所有の実際、
先住民女性の地位と希望、手作業の田植えなど、多くの質問が集中したのは自然であるかもしれない。
② 「棚田を守るために何をしたらよいか」という質問に対し、パネラーの青木さんは、
「山古志では農業だけではやっていけないので、若い人が通勤したり、定年退職者が楽しみながら棚田をやっている」と応えた。また、長野県の姨捨棚田から参加した棚田耕作者、渡辺さんが会場のなかから以下のように発言されたのがすばらしかった。「この10年間心の豊かさ、癒しをもとめて、農村文化を守りつつ棚田をやってきた。収入の不足は、棚田の一部を都会の人に“貸します”という制度によって助けていただいている。」
③ 「土地改良区は県当局の管理にあるのか」という質問に対し、長町さんは「県から助成
されているのは確かだが、大きな用水路から先の支川は地元住民が自主管理している」と答えた。
④ 舘野さんへの質問は「棚田と比べて有機農業の共通性と不利な点は何か」であった。
彼は「雨からの水をゆっくり長い時間をかけて海まで導く点で、有機農業は山古志の棚田と同じではないか。これを“スローウオーター”と呼びたい。5月連休に田植えが集中するのは困る。冬の水を溜めたい。」と応答した。
⑤ 最後にパネラー同士の対話が聞けたのはこの分科会で特筆すべき収穫であった。すなわ
ち、長町さんが「山古志の人々の立派さ、舘野さんの有機農業の哲学に感動した」と語ったのに対し、青木さんが「自分はかつて家を離れてトンネル工事で日本全国を歩いたが、やはりふるさとがよくて稲作することが夢であった。出稼ぎでは月に70万円を稼いだが、村に帰ると主に13万円しか入らなかった。けれど、お金を求めて幸福なのか。自然を相手にほどほどで暮らすのがいい。」と述べた。
「深水栽培や米ぬか処理などのすばらしい知恵はどうして見つけたか」という長町さんからの質問には、舘野さんは「日常生活の中で見つけた」と応えた。最後に、ジェフリーさんは「舘野さんの有機農業は自分の村の方法と同じだ」と語った。
D.ポスターセッションの紹介
私たちの分科会はこの国際会議のポスターセッションにも参加して、8月1日から6日まで会場の下1階ギャラリーで、「水循環を活かす農業(有機農業)と食べ方改革で日本の食料自給はどこまで可能か」というタイトルで5枚のパネルを掲示したことも書き落とすことはできない。
このパネルは、真下俊樹さん(日本消費者連盟理事)が作成したもので、真下さんの以下のホームページアドレスからpdfファイルの形でダウンロードできる。(http://www.geocities.jp/mashimot/jikyu/organic_jikyu_pannel.pdf)
その内容をご覧になればわかるとおり、現実的な想定と政策でも、日本の食糧自給の可能性はじゅうぶん高いことが、美しいデザインと図表でもって証明している。同時にこの日本の食糧が輸入や長距離国内輸送に依存していることを証明した「フードマイレージ」や、食糧輸入が海外の水を多量に浪費し世界の水不足を速めていることを示した「バーチャル・ウオーター」の実態を視野に入れていることも注目される。
E.結論
本分科会のパネル討論とポスターを合わせて、その成果として、当日の総会で報告した言葉をくり返したい。第1に、このフォーラムで唯一農業を扱った点で本分科会はユニークであっただけでなく、日本の低い食糧自給率の回復を訴えるというねらいを達成できた。
第2に、古ぼけてマイナーと思われがちな棚田、ため池、有機農業が、エコロジーの上ですばらしい効果を発揮して水循環を豊かにしている点で共通性を持つこと、今後の食糧自給の向上に有力なヒントを提供してくれることを確信するに至った。第3に、人間の幸福はともすれば金銭の多寡に還元されがちだが、そうではなくて、足元の自然の働きや地域の相互協力などにたくさんの幸福の源が横たわっていることを改めて発見した。
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